豊島園
大正6年(1916)樺太工業(後の王子製紙)専務であった藤田好三郎が自身の静養地として、石神井川南側の1万2000坪を入手。
大正14年(1925)石神井川北側の1万8000坪を入手。
大正15年(1926)藤田好三郎によって開園された。その後、拡張と施設の充実が図られ、東京近郊の遊園地として有名になった。
2011年12月に東京都の都市計画公園・緑地の整備方針が改定され、「としまえん」の敷地は「練馬城祉公園」として優先整備地区に新規設定された。2012年9月に公表された「練馬城祉公園の整備にかかる考え方」によれば、既存の遊具施設を一部残しつつも、アニメ・漫画関連施設、防災拠点としての機能を併設したサッカー場などを新設する基本方針が示されている。