お札と切手の博物館  北区王子1-6-1

 

 

 1)国立印刷局が大蔵省紙幣司の名で創設されたのは、明治4年(1871)のことです。我が国において近代的な銀行券や郵便切手が誕生したのも、やはり同じ頃のできごとです。

 

2)それから140年、国立印刷局は日本のお札づくり、切手づくりに一貫して携わり、その製品と共に歩んできました。その結果、今日に至るまで製造された数々の製品は、お札や切手の歴史、印刷技術の歴史を物語る貴重な資料となっております。

 

3)当館は、昭和46年に印刷局創立100年を記念して東京都新宿区市ヶ谷に開設し、平成23年3月に東京都北区王子に移転しました。

 

4)展示室では、お札、切手、証券など、国立印刷局が製造した各種製品と、明治期以前のお札、諸外国のお札や切手、お札の製造と深いかかわりをもつ銅版画など、様々な資料を展示し、お札の歴史、偽造防止技術などについて解説しております。  

 

利用案内

所在地

 114-0002

東京都北区王子1-6-1

TEL 03-5390-5194FAX 03-3911-8905

開館時間 9:3017:00

休館日 月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始

入館料 無料

 

補足 紙幣寮抄紙局(紙幣局抄紙部/印刷局抄紙部/国立印刷局王子工場)

 

 1)抄紙会社設立当時、政府が必要とする紙幣用紙その他の紙は民間から買い上げる方針でした。しかし、紙幣寮の長官に得能良介が就任すると、贋造防止のためには用紙の製造上の機密を厳守する必要があるなどの理由から、紙幣用紙は官営工場で抄くという方針転換を図り、明治8年(1875)4月に紙幣寮抄紙局が設立されました。

2)水利のある抄紙会社の隣接地に工場を建設、翌明治9年(1876)、抄紙局工場が開業します。その後も抄紙会社から土地を買い上げるなどして工場の拡張が続けられ、製紙技術や原料の開発など、揺藍期の洋紙業界をリードしました。

3)昭和48年(1973)には王子工場での抄紙が中止されましたが、現在も郵便切手その他証券類などの製造が続けられています。

4)抄紙会社側の打撃

・千川用水から抄紙会社が引く補助用水の半分を「召し上げ」られる。

・明治9年(1876)4月 工場用地約330坪、買上げられる。

・同年5月「製紙会社」と改称を余儀なくされる。  

 

5)印刷局抄紙部王子工場の機能分化により新たな工場が設置されました。

①大蔵省印刷局抄紙部王子工場内の機能(製紙原料製造、製薬など)の分化・移転

・明治13年(1880)大蔵省印刷局抄紙部稲わらパルプ工場(配合分科)設置

・明治19年(1886)大蔵省印刷局抄紙部王子工場製薬科工場設置

②軍事工場と民間工場への流れ

・大蔵省印刷局抄紙部王子工場内に製薬科工場

 (硫酸製造)

・明治28年(1895)硫酸製造工場のみ陸軍所管(板橋火薬製造所王子分工場)

現・堀船2丁目)

・明治38年(1905)煮洗洗浄作業場として豊島に貯弾場設置(のち、板橋火薬製造所豊島分工場)

③(曹達灰、苛性曹達、晒し粉、硫酸製造など)

明治29年(1896)関東酸曹株式会社(後、大日本人造肥料王子工場、日産化学王子工場)

④明治末期までに 王子・豊島地区に大規模工場(印刷局・陸軍・民間工場)展開

 

出典 「歴史発見 街めぐり」 飛鳥山3つの博物館

     お札と切手の博物館リーフレット